日日鵺的(新)

演劇ユニット鵺的と動物自殺倶楽部主宰、脚本家の高木登が年に二、三回綴る日々

白雪姫

むかしむかし、ある国に、嫉妬深い王妃が住んでいました。

王妃は国王の後妻で、亡くなった前妻とのあいだにうまれた白雪姫を憎んでいました。

王妃は真実を語る鏡にたずねました。

「この国でいちばんうつくしいのは誰だ?」

王妃はけっしてうつくしくなくはなかったものの、白雪姫ほどではありませんでした。

鏡は気をつかって「それはあなたです」と答えました。

「ほんとうか? 白雪姫がいちばんではないのか?」

「ほんとうです。あなたがいちばんです」

王妃は、鏡の言葉に白々しさを感じましたが、とりあえず納得しておきました。

 

後日、別の王族が、

「この国でいちばんうつくしいのは誰?」

と鏡にたずねました。

鏡は気をつかって「それはあなたです」と答えました。

 

さらに後日、また別の王族が、

「この国でいちばんうつくしいのは誰?」

と鏡にたずねました。

鏡は気をつかって「それはあなたです」と答えました。

 

皆に調子の良いことを言っているのに気づいた王妃と王族たちは、

「ごまかすな。ほんとうのことを言ってみよ」

と鏡を責めました。

鏡は「あんなに気をつかってやったのに、なんだ」とすねてしまい、口をきかなくなってしまいました。

怒った王妃は鏡をこわすことにしました。

くだかれる瞬間、鏡の絶叫が響きました。それは、誰も聞いたことのない、心からの、嘘いつわりのない、ほんとうの鏡の叫びでした。

 

鏡をうしなった王妃は、前にも増して猜疑心と嫉妬心が強くなりました。

白雪姫は奴隷のようにこき使われ、若くして失意のうちに亡くなりました。

王妃は白雪姫よりも長く生きましたが、認知症を患い、晩年は寝たきりで、口もきけぬままに亡くなりました。

 

鏡がもっと素直で正直であったなら、ふたりともちがう人生がひらけたろうに、まったく気の毒なことです。

猿蟹合戦

むかしむかし、蟹の父親は非道な猿のいじめによって殺されました。

蟹は、猿にうらみを持つ臼、栗、蜂とともに猿をおとしいれ、ついにその命を奪いました。

 

その後の顛末を、ある高名な作家が小説にしていますが、あれは事実ではありません。

 

蟹一味は全員逮捕され、裁判にかけられました。ここまではほんとうです。

けれど実刑判決がくだったのは、猿を直接圧死させた臼のみで、残りの者たちは情状酌量を受け、執行猶予つきの判決をくだされたのです。

 

蟹のもとには全国からさまざまな意見が寄せられました。

「猿殺し」「復讐主義」と罵るものもあれば、蟹たちの姿勢を応援するもの、気持ちはわかるが行為は許せないといったものなど、さまざまでした。

 

一方、のこされた猿の妻が、幼い子どもたちを連れて記者会見し、蟹一味の非道を訴えるという事態も起きました。

同情する者たちもいましたが、「蟹殺し」「卑劣な猿の嫁は死ね」と罵る者も多く、いつしかその姿を見ることもなくなりました。

 

当の蟹は、ひとり考えていました。自分の復讐を後悔していたのです。

猿の幼子のすがたに、蟹は自分を重ねたのでした。

あれは自分とおなじだ。

ならば、自分も猿とおなじだ、と。

それだけでなく、臼、栗、蜂たちを巻き込んでしまったことにも罪の意識をおぼえていました。

 

蟹はある宗教に帰依しました。

そして生涯を自分とおなじように悩んでいる人たちのために捧げようと誓いました。

蟹は支援者の元に身を寄せ、講演活動をはじめました。

復讐のむなしさを説くため、蟹は今日も全国をいそがしくまわっています。

金太郎

むかしむかし、ある山に、若い夫婦が住んでいました。

夫婦には金太郎という五歳になる男の子がいました。

金太郎はおそれを知らず、親のまさかりを奪い、動物たちにたたかいを挑みました。

夫婦が飼っていた犬を殺し、猫を殺し、それだけでは飽き足らず、山に住むウサギを殺し、鳥を殺しました。

夫婦は息子の冷酷さを嘆きましたが、金太郎はやめませんでした。

動物たちは金太郎をおそれ、まったく近寄らなくなりました。

 

ある日、山にクマがあらわれました。

おそれを知らぬ金太郎は、クマに向かっていきました。

けれど幼児はクマの敵ではありませんでした。

その場には血にまみれた「金」の前垂れだけが残され、ついに遺体はみつかりませんでした。

 

この痛ましい事件のしらせは、たちまち全国をかけめぐりました。

クマは地元の猟友会によって駆除され、現場には金太郎を慰霊する像が建てられました。

碑銘には「金太郎ちゃんを忘れない」と刻まれています。

 

また、自治体は「金太郎ちゃん募金」を設け、クマに襲われて亡くなった被害者の家族に、その収益金が分配されています。

桃太郎

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

おばあさんが洗濯をしていると、大きな桃が流れてきました。

おばあさんは桃を持ち帰り、おじいさんといっしょにふたつに切りました。

すると中から、元気な赤子が出てきました。

ふたりは赤子を桃太郎と名づけ、わが子として育てることにしました。

 

桃太郎はすくすくと育ちました。

けれど、桃から生まれたことがわざわいし、人びとからさげすまれ、からかわれつづけました。

桃太郎は素直な心を失い、世を拗ねた大人になりました。

仕事にも就かず、毎日遊んでばかりいました。

「なぜ桃から生まれたことを隠さなかったのだ」

「なぜ桃太郎などというふざけた名前をつけたのだ」

おじいさんとおばあさんを責め、ときに暴力をふるうこともありました。

 

おじいさんもおばあさんも、そんな桃太郎を嘆きながら亡くなりました。

二人がいなくなった家は荒れ果て、訪ねる者もいなくなりましたが、桃太郎はおかまいなしに、そこで暮らしていました。

 

ある夜、桃太郎が寝ていると、夢枕に菩薩が立ちました。

菩薩は言いました。

桃太郎が素直に育っていたなら、犬と猿と雉を供にして、鬼ヶ島の鬼たちを退治し、その財宝を奪い取って、故郷に錦を飾る人生もあったのだと。

もはやその機会は失われたが、いまからでも改心し、人に尽くす人間になる努力をすれば、悪評を好評に、不利を有利に変えることもできるのだと。

「そんなバカな話があるものか。桃から生まれた人間の苦労など貴様にはわかるまい。俺は生涯自分のために生きるのだ。他人のために一刻も割くつもりはない」

桃太郎は笑って取りあいませんでした。

菩薩は悲しげな顔をして、そのまま消えました。そして二度と夢枕に立つことはありませんでした。

 

桃太郎はその後もその日暮らしをつづけましたが、流行り病にかかり、五十五歳で亡くなりました。

浦島太郎

むかしむかし、ある浜辺で、一匹の海亀が子どもたちにいじめられていました。

そこへ浦島太郎という漁師が通りかかりました。

太郎は子どもたちを追いはらい、亀をたすけました。

亀はお礼に太郎を竜宮城へ連れていくと言いましたが、

「八十歳になる母の介護があるからダメだ」

と断られました。

 

後日、また亀が子どもたちにいじめられていました。

そこへ通りかかった男が、亀をたすけました。

亀はお礼に男を竜宮城に誘いましたが、

「これから仕事の打ち合わせがあるからダメだ」

と断られました。

 

さらに後日、また亀が子どもたちにいじめられていました。

そこへ通りかかった男が、亀をたすけました。

亀はお礼に男を竜宮城に誘いましたが、

「帰りが遅いと妻に叱られるからダメだ」

と断られました。

 

亀は悟りました。

ここの人びとは生活に追われていて、亀の恩返しにつきあう余裕はない。

せいぜい子どものいじめから守ってくれるくらいで、亀と対等につきあう気はない。

仕事も身寄りもない亀は、たったひとりで生きていくしかないのだと。

 

亀は浜辺を去り、二度と姿をあらわしませんでした。

竜宮城はますます栄えましたが、そのすがたを見た者は誰もいません。