日日鵺的(新)

演劇ユニット鵺的と動物自殺倶楽部主宰、脚本家の高木登が年に二、三回綴る日々

浦島太郎

むかしむかし、ある浜辺で、一匹の海亀が子どもたちにいじめられていました。

そこへ浦島太郎という漁師が通りかかりました。

太郎は子どもたちを追いはらい、亀をたすけました。

亀はお礼に太郎を竜宮城へ連れていくと言いましたが、

「八十歳になる母の介護があるからダメだ」

と断られました。

 

後日、また亀が子どもたちにいじめられていました。

そこへ通りかかった男が、亀をたすけました。

亀はお礼に男を竜宮城に誘いましたが、

「これから仕事の打ち合わせがあるからダメだ」

と断られました。

 

さらに後日、また亀が子どもたちにいじめられていました。

そこへ通りかかった男が、亀をたすけました。

亀はお礼に男を竜宮城に誘いましたが、

「帰りが遅いと妻に叱られるからダメだ」

と断られました。

 

亀は悟りました。

ここの人びとは生活に追われていて、亀の恩返しにつきあう余裕はない。

せいぜい子どものいじめから守ってくれるくらいで、亀と対等につきあう気はない。

仕事も身寄りもない亀は、たったひとりで生きていくしかないのだと。

 

亀は浜辺を去り、二度と姿をあらわしませんでした。

竜宮城はますます栄えましたが、そのすがたを見た者は誰もいません。