むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが洗濯をしていると、大きな桃が流れてきました。
おばあさんは桃を持ち帰り、おじいさんといっしょにふたつに切りました。
すると中から、元気な赤子が出てきました。
ふたりは赤子を桃太郎と名づけ、わが子として育てることにしました。
桃太郎はすくすくと育ちました。
けれど、桃から生まれたことがわざわいし、人びとからさげすまれ、からかわれつづけました。
桃太郎は素直な心を失い、世を拗ねた大人になりました。
仕事にも就かず、毎日遊んでばかりいました。
「なぜ桃から生まれたことを隠さなかったのだ」
「なぜ桃太郎などというふざけた名前をつけたのだ」
おじいさんとおばあさんを責め、ときに暴力をふるうこともありました。
おじいさんもおばあさんも、そんな桃太郎を嘆きながら亡くなりました。
二人がいなくなった家は荒れ果て、訪ねる者もいなくなりましたが、桃太郎はおかまいなしに、そこで暮らしていました。
ある夜、桃太郎が寝ていると、夢枕に菩薩が立ちました。
菩薩は言いました。
桃太郎が素直に育っていたなら、犬と猿と雉を供にして、鬼ヶ島の鬼たちを退治し、その財宝を奪い取って、故郷に錦を飾る人生もあったのだと。
もはやその機会は失われたが、いまからでも改心し、人に尽くす人間になる努力をすれば、悪評を好評に、不利を有利に変えることもできるのだと。
「そんなバカな話があるものか。桃から生まれた人間の苦労など貴様にはわかるまい。俺は生涯自分のために生きるのだ。他人のために一刻も割くつもりはない」
桃太郎は笑って取りあいませんでした。
菩薩は悲しげな顔をして、そのまま消えました。そして二度と夢枕に立つことはありませんでした。
桃太郎はその後もその日暮らしをつづけましたが、流行り病にかかり、五十五歳で亡くなりました。