日日鵺的(新)

演劇ユニット鵺的と動物自殺倶楽部主宰、脚本家の高木登が年に二、三回綴る日々

『第一短編集』作品解説

・第一話の『ふいにいなくなってしまった白い猫のために』は、今年の初夏くらい、あるプロデューサーさんにお声がけいただき、ある空間で上演するために書き下ろす予定だったタイトルでした。兄と妹がいて、妹は今度結婚する、その挙式前夜、妹とその婚約者が兄のもとを訪ねてくる……という内容で、兄は妹に恋愛感情を抱いているものの一線は越えていない設定でした。冒頭数ページを書き、キャスティングも進めていましたが(一時間程度の四人芝居の予定だった)、プロデューサー氏からの連絡が途絶し、企画自体が宙に浮いてしまったため、今回あらためて二人芝居として復活させたものです。純粋に兄と妹ではなく、兄と妹の友達という設定にして、一線を越えた兄妹を客観視させることにしました。コタこと杉木隆幸さんは自分がはじめてシリーズ構成を手がけたアニメ『恋風』(吉田基已さんの原作で近親相姦を真っ向から扱っている)の主人公・耕四郎に風貌が似ており、オマージュとして元々の企画から兄役をお願いしていました。堤千穂さんは今回初めてのご出演でしたが、コケティッシュな魅力を存分に発揮してくれて、稽古から本番まで観ていて飽きませんでした。手前味噌ながら愛すべき小品です。
・そういう意味で純粋な書き下ろしは第二話の『くろい空、あかい夜、みどりいろの街』だけになります。これは当初高橋さん、奥野さんともうひとり別の女優さんを想定していたもので、「妹と同性愛関係にある姉が妹を奪った女性のもとに押しかける」まではおなじなのですが、ラストは「取り戻せずに負けて帰る」ことにしようと思っていました。事情によりその女優さんが降板され、代役を中村貴子さんにお願いした時点で結末は変わったのだと思います。元々の女優さんはフェミニンな魅力にあふれた方でしたが(本番を観に来てくれましたがやはり美しかった)、自分はかねてから貴子さんをクールでカッコいい美女だと思っており、「負けて帰る」ラストはないと直感したからです。じっさいの貴子さんは超がつくほどの善人で、なかなかあの役を受け入れられず、かなり苦労をかけてしまいましたが、最後は見事に演じきってくれました。大楽の貴子さんはヨナさんに見せたかったなあ。高橋さんには日頃なら絶対に書かないような台詞を書いてしまいます。なぜならかならず成立させるから。そんな役者はなかなかいません。奥野さんは三回目の出演なのであまり余所でも見たことのないような役を振ってみました。啖呵を切るところはこちらの意見を汲みつつしっかり決めてくれました。
・『ステディ』は先にも書いたように十年以上前に書いた蔵出し作品です。どれだけの方がわかるかわかりませんが、当時想定していたキャストは、

小林 磯貝鋼介
木崎 平山寛人
新井 高橋由紀子
白石 川口華那穂

でした。高橋が劇団を辞めたのが2002年、磯貝が辞めたのが2003年なので執筆はそれ以前と考えるのが自然ですが、彼らが辞めた後に書いたような気もするのです。そこらへん非常に記憶が曖昧です。何かの衝動で一気呵成に書いた覚えがあり、仕上げて川口に読ませたら「内田春菊の亜流みたいでわたしはあんまり」とネガティヴな評価だったので、そのままフォルダに仕舞って忘れていました。それがたまたま発見されたのは、この作品のタイトルがもともと『クィアK』だったからです(小林と木崎のイニシャルがK)。『視点』で上演した『クィアK』はこれのタイトルだけを頂いてまったくの新作を書き下ろしたものだったのです。今回の短編集上演に際して当初は『クィアK』を再演しようとしていたので、手直ししようとファイルを開いたらこれだったのでした。そういやこんなの書いたなあと読み返してみたらけっこう面白かったので、タイトルを『ステディ』に変更して「こんなものを見つけました。よろしければご笑覧ください」と顕史郎さんに送ったところ、「これはあんたが考えている以上に重要な作品だ」との熱い返信。紆余曲折を経て初上演となりました。
・今回の評判の良さゆえ、川口が悪者になってしまうようでつらいのですが、彼女には彼女なりの事情がありましたし、もし当時これが上演されていたとしても、たいした話題にもならずに埋もれていったに違いなく、そう思うとお蔵入りにしたのは正しい判断だったのです。十年強を経て作品が観客に届く、こんな経験は初めてのことで、運命とか因縁とかいう言葉について考えています。
・キャストはみなさん見事な演技でした。受け芝居に長けた平山の主演に一抹の不安を抱いていたものの、蓋を開けてみたら好演、高評価で、これは実にうれしかったです。
・今回の反省点として、顕史郎さんから「短編集のタイトルをつけるべきだった」と言われたのですが、あれこれ考えてみるものの、適切なものが浮かびません。自分としては『第一短編集』というタイトルだからこそ書き下ろせた二編だったりするので、後付けで考えがたいのです。何が良いだろう。どなたか思いついたらご連絡ください。ご来場ありがとうございました。